2018年8月4日土曜日

言葉には力がある

 言葉には力がある。思いのたけを言葉にすることで、胸の内に秘めた思いを、初めて誰かに伝えることができる。言葉にしなければ、何も伝わらない。
 以心伝心とは、言葉によらず互いの心から心に伝えることであり、言葉では説明できない深遠・微妙な事柄を相手の心に伝え、分からせることだというが、何が伝わったのかは結局のところ言葉にすることで初めて確認できるといっていい。
 小説を読むときに、「行間を読む」感性がいる、などと言われることがあり、これも以心伝心に似ていて、行と行の間の何も書いていない空間など本当のところ読めはしないのだが、文章の中の言葉の数々の直接的な意味だけではなく、作者がその言葉を選んである順序でその言葉を並べたその意図するところを読み解きなさいというわけだ。つまりこれは、ある作者の文章を読んで、何を感じたかということであって、百人の読み手がいれば、おそらく百通りの解釈が成り立つというような話であり、文章に使われている言葉の本来の意味を逸脱していくことを推奨しているようなもので、言葉からどんどん離れて行ってしまう。当然のことながら、ノンフィクションを読むときには通用しない。
 私は、本来その言葉が持っている意味を大切にするべきだと考えている。そして自分が話をするにしろ、なにがしかの文章を書くにしろ、一つひとつの言葉は大切に選びたい。そして私の言葉を受け取る人には、私が使っている文脈の中でその言葉に与えられた役割をストレートに受け取って欲しい。私の使う言葉を勝手に解釈してほしくない。そうでなければ言葉は、その言葉が本来持っている力を発揮することはできない。

 自分の中に明確に言葉として表現することはできないけれど、何だかわからない、自分の未来にかかわるモノを抱えていたとする。その何かの正体がわからずに、悶々と時を過ごす。それが何か分かるということは、その何かに言葉が与えらるということに他ならない。そして、得体のしれない何かに言葉が与えられたとき、人は未来に向かって、前に進むことができるのだ。人は、言葉によって未来が与えられるといっても過言ではない。

 言葉には力がある。夢は言葉として語られるとき、夢を実現する最初の扉が開かれる。夢を言葉にすること、それが夢を実現する第一歩なのだ。言葉には夢を実現する力がある。自分の未来を切り開く力がある。

 言葉に力があるということは、使い方によっては、言葉は暴力にもなるということを意味する。言葉は、人と人との関係を断ち切り、戦の火種を灯すこともできるのだ。言葉によって暴力が支配する世界をつくるのか、人と人が信頼で結ばれ平和で安心して暮せる未来をつくるのか、選ぶのは私たちなのだ。私たちの意志が未来をつくる。私たちが選ぶ言葉によって未来が作られる。そう考えたら、不用意に言葉を選べないだろう。人を蔑み、罵り、怯えさせ、嘲笑い、心に哀しみが満ちてくるような言葉を平気で使う人がいる。私にはできない。

 いや、正直に言うと、人生を積み重ねてくる中で、そういうことができなくなったと言った方が正確だ。若いころ、私も、刺々しい言葉を吐き出していたことがあった。そうやって自ら関係を断ち切ってしまった人たちがいる。人生を振り返ることなどしてこなかった私だが、最近は時々越し方を振り返ることがある。その時に、思い出す顔が、意外にもそうやって私から関係を断ち切ってしまった人だったりすることに気がつくことがある。私のような失敗をしないで生きていけたら私よりももっと幸せになれるはずだ。若い人たちにそんなメッセージを伝えられた良いなという思いが、こんな文章を書かせているのだ。

 私は、人と人との懸け橋になるような言葉を選びたい。人との対話がずっと続いて、キャッチボールをすることができるような言葉を使いたい。人が嬉しくなったり、楽しかったり、面白かったり、心が豊かになったり、癒されたり、明日への希望が広がったりする、そんな言葉を使いたい。そうしているうちに、私自身も幸せになれると思うから・・・。

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